【 第20回世界絵画大賞展 2024 】審査員講評- 審査委員長
遠藤 彰子( Akiko Endo )
1947年 東京都生まれ
1969年 武蔵野美術短期大学卒業
1978年 昭和会展林武賞受賞
1986年 安井賞展安井賞受賞、文化庁芸術家在外特別派遣 (~87年/インド)
1992年 個展「遠藤彰子展-群れて…棲息する街-」(西武アート・フォーラム)
2004年 個展「遠藤彰子展-力強き生命の詩」(府中市美術館)
2007年 平成十八年度芸術選奨文部科学大臣賞
2014年 個展「魂の深淵をひらく-遠藤彰子展」(上野の森美術館) / 紫綬褒章受章
2015年 個展「Ouvrir la profondeur de l’âme」(パリ国立高等美術学校/フランス)
2021年 個展「遠藤彰子展-魂の旅」(鹿児島市立美術館) / 個展「物語る 遠藤彰子展」(平塚市美術館)
2023年 毎日芸術賞受賞
2024年 個展「遠藤彰子展-生々流転」(札幌芸術の森美術館) / 個展「遠藤彰子展」(新潟市美術館) 6月22日~8月25日
現在 武蔵野美術大学名誉教授、二紀会理事、女流画家協会委員。
「 審査を終えて 」
世界絵画大賞展は今年で20回目となりました。何度も投票を重ね、厳選なる審査の結果、1050点中155点を入選といたしました。
大賞の森内謙さんの「無題」は、巨大な猫が檻の外から人々に観られているようでありながら、逆に人々の方が監視されているような、捉え方としてのユーモアと恐ろしさを感じました。具体的でありながら抽象性も感じられるザクザクとした描き方や、モノクロームの画面も、その世界観の一翼を担っていると思います。
遠藤彰子賞の深澤亘さんの「ある部屋」は、なんの変哲もない日常の風景を、作品として新たな視点で捉え直している点に好感を持ちました。ものの形や色がリズミカルに配置されているため、絵の具のムラや脱力した線が、とても心地よく感じられました。
学生賞の石原花音さんの「分身」は、小さくディフォルメされた人々の一つ一つの営みがとてもユニークです。また、大小関係で画面に流れを付けたことで、細部と全体が上手くマッチしているように思いました。15歳ということで、今後の成長を期待しております。
審査を終えて、なんでコレが!?というものが賞を取っているな…と、思われる方もいるのではないかと感じました。それは、けしておかしなことではなく、完成度や技術の高さだけではなく、新鮮な息吹が感じられる作品を選ぶ傾向が、当コンペにはあるからだと思います。やはり、その人が持つ資質が世界観として画面に表れているものや、まだ形になっていなくとも、新たな表現を模索しているであろう作品には、人を惹きつける力があると思うのです。そのような作品が選ばれることが、これまで世界絵画大賞展が、美術界で活躍する新人作家を、数多く輩出してきたという結果につながっているのかもしれません。
作品は、継続して制作をし、発表していくからこそ、自分らしさが浮かび上がってくるものです。落選した作品のなかにも佳作が多数ありましたので、今回の結果にめげず、次回以降もまた挑戦していただけたらと思います。
- 審査員
佐々木 豊( Yutaka Sasaki )
1935年 名古屋市生まれ
1949年 三尾公三に出会い油絵を始める。
1959年 国展国画賞 (同'60)、同35周年記念賞 (‘61)
1959年 東京芸術大学油画科卒業
1961年 同専攻科修了
1960年 ~ 個展多数
1967年 世界一周旅行
1972年 U.S.Aフェーマス・アーチスト・スクール研修
1978年 ~ 第1回現代の裸婦展準大賞・安井賞展・明日への具象展・具象絵画ビエンナーレ日本秀作美術展・国際形象展・日本洋画再考展・現代の視覚'91展出品
1992年 安田火災東郷青児美術館大賞
1993年 「泥棒美術学校」(芸術新聞社) 刊行
1998年 両洋の眼展倫明賞 (同’01)
2001年 個展 (香港/マーチーニ画廊)
2005年 個展「薔薇女」(東京・名古屋・大阪・京都・横浜髙島屋)「佐々木豊画集ー悦楽と不安と」刊行 (求龍堂)、大原美術館作品買上
2008年 台北、上海アートフェア
2017年 画集「薔薇と海」刊行 (求龍堂)
[作品所蔵] 愛知県美術館、横浜美術館、平塚市美術館、横須賀美術館ほか。
数ある著作のうち「泥棒美術学校」は10刷のロングセラー。
元明星大学教授。現在、国画会会員、日本美術家連盟理事。
「 共通点が多いのはなぜ?-大賞と優秀賞作品- 」
大賞の森内謙氏の「無題」と優秀賞の「無辜の民」には共通点が多い。①どちらも縦長で、1/3の空と2/3の陸地の面積比が同じだ。②画面中央に縦長の動物を配し、見せどころを作った構成。③両者とも、こまかいがれきが散らばっている。異なる点は、一方は無彩色、もう一方は暖色という色彩の使い方だけと言ってもいい位だ。どうしてこのような似た絵が上位の賞に選ばれたのか、一考するのも悪くない。ま、ちらと見ただけではそんなに似ているとは思えないだろうが。私としてはオレンジ色を効果的に配した大石恵子氏の絵の方が好きである。
もう一方の優秀賞、女学生が飛んでいる西尾均氏の絵は、意表を突く発想を買う。難しいポーズの人物を、ここまで描ける素描力は大したものだ。
版画で東京都知事賞を得たカノウ ジュン氏は淡い黄色の色彩の画面に抒情性を漂わせている。
学生賞の石原花音氏の「分身」は、一見すると赤い球が散らばる抽象画のように見える。が、よく見ると漫画風の顔が描かれているのが分かる。画面に散らばる赤い小さな形は、髪の毛であったり、衣服だったりするユニークな絵である。
佐々木豊賞の松岩邦男氏の「精霊の森の奏者」は、まず画面の手の込んだ緻密さに魅せられる。北欧ボッシュの絵のように、女から子供までの様々な人物、動物や魚などの生き物、樹や水、等々…。何でも描けるところにこの作者の才能をみる。画面全体から醸し出される幻想的な味わいは貴重である。
審査員
諏訪 敦( Atsushi Suwa )
1967年 北海道生まれ
1992年 武蔵野美術大学大学院修士課程修了
1994年 文化庁芸術家派遣在外研修員(2年派遣 スペイン・マドリード在住)
1995年 第5回バルセロ財団主催 国際絵画コンクール 大賞受賞 (スペイン)
2003年 第22回 損保ジャパン美術財団選抜奨励賞展 秀作賞受賞 (SOMPO美術館)
2005年 1st 作品集 「諏訪敦 絵画作品集1995-2005」を刊行 (求龍堂)
2007年 個展「ふたたびあいまみえ 舞踏家・大野一雄」(Gallery Milieu)
2008年 個展「複眼リアリスト」(佐藤美術館)
2011年 NHK『日曜美術館 記憶に辿りつく絵画~亡き人を描く画家~』にて単独特集。
個展「一蓮托生」(成山画廊) / 「どうせなにもみえない」(諏訪市美術館)
2nd 作品集 「諏訪敦 絵画作品集 どうせなにもみえない」を刊行 (求龍堂)
2014年 「Currents Japanese contemporary art」(James Christie Room)
3rd 作品集 「Sleepers 安睡者」を刊行 (Kwai Fung Hin Publishing House)
2016年 ETV特集「忘れられた人々の肖像~画家・諏訪敦 満州難民を描く」
2017年 個展「諏訪敦 2011年以降/未完」(三菱地所アルティアム)
4th 作品集 「諏訪敦 絵画作品集 Blue」を刊行 (青幻舎)
2019年 個展「實非實.虚非虚」 “Solaris” (Kwai Fung Hin Art Gallery)
2022年 個展「諏訪敦 眼窩裏の火事」(府中市美術館)
5th 作品集 諏訪敦作品集「眼窩裏の火事」を刊行 (美術出版社)
現在 武蔵野美術大学教授 / 画家
「 はじめての審査、その経緯 」
今年からはじめて審査に加わったのだが、下は6歳から後期高齢者まで幅広い制作が見られたことは楽しかった。審査員の構成を反映してか、油彩の具象画が応募作の大半を占めていたものの、日本画から版画、果てはレリーフ状の作品までと、取り扱う領域は幅広い。それらを比較しつつ審査するのは困難で、各分野における到達レベルを見定めて相対的に評価することを心がけた。
個人的に目にとまった作品を、落選作も含めて列挙してみよう。「そしてまた、抗う」春日佳歩、「あのこ」香取美里桜、「catnap」川名礼、「時が降る」鈴木琢未、「窓辺の住人」関俊輔、「流れゆく」富田百香、「らららら」ヒグチララ、「憬(あこがれ)」三浦良多、「無題」森内謙、「仮面小僧」山内透、「心をひとつ」吉田茉莉子、「ガチャガチャ」LOU KAIYUなど。これらは一定の水準を満たしていると思われた。中でも香取美里桜作品の素朴で爽快なストロークには、描く行為の喜びの本質をみる思いがして素敵だった。
これらにはいずれも上位の賞に値する内容があると思えたが、他の審査員の支持も得て最終審査にまで残らなければ大賞、優秀賞、個人賞などの主要な賞の対象にはならない。段階的に投票を重ねる手順を経るので、審査員一人の思惑だけでは、主要な賞を決めることのできない仕組みなのだ。
結局、先に挙げた者のうちファイナリストとして残ったのは2名だけであった。これらのうち春日佳歩「そしてまた、抗う」は、美人画のようなお仕着せの審美性におもねらずに、獰猛なまでの生命力やしどけない不穏までも、女性たちが自ら表象化し始めたことを印象付ける佳作である。抜きん出た画面の強さを認めて諏訪敦賞とした。そして大賞受賞作の森内謙「無題」は、巨大な猫がスマホを構えた群衆により注視されているSF的な風景だ。見上げるようなこの猫のサイズからは、モニュメンタルな建築物の遺構を連想させられる。猫画像が今日、SNSでもっとも閲覧され消費され続けているイメージのひとつであることからもわかるように、目前にどのような歴史が横たわっていようとも、大衆は厳粛な事象よりもむしろ陳腐で可愛いものに反応する。本作は今日の世情に対する批評に思えてならなかった。
- 審査員
山下 裕二( Yuji Yamashita )
1958年、広島県生まれ
東京大学大学院卒業。
美術史家。
明治学院大学文学部芸術学科教授。
室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代美術まで、日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。
著書に『室町絵画の残像』『岡本太郎宣言』『日本美術の二〇世紀』『狩野一信・五百羅漢図』『一夜漬け日本美術史』『伊藤若冲鳥獣花木図屏風』『水墨画発見』『日本美術の底力』『商業美術家の逆襲』など。
企画監修した展覧会に『ZENGA展』『雪村展』『五百羅漢展』『白隠展』『超絶技巧!明治工芸の枠』『20世紀琳派 田中一光』『小村雪岱スタイル』『コレクタ-福富太郎の眼』などがある。
「 絵肌の美しさを評価したい 」
私がこの公募展の審査員を務めはじめてから、早いものでもう9回目となった。今回から、絹谷幸二さんが退任され、新たに諏訪敦さんが審査員に就任された。諏訪さんとは20年来の付き合い。審査の途上、彼ともさまざまに話しながら進めていった。
大賞となった森内謙さんの「無題」という作品は、諏訪さんがまずは強く推した作品である。モノクロームで描かれた、屹立する巨大な猫。それにスマホを向けて撮影しようとする若い女性たち。猫の横には廃墟のような建物が。諏訪さんは、原爆ドームのイメージをこの猫に担わせているのではないかと言っていた。
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。いまの私にはわからない。だが、授賞式で、ぜひご本人に聞いてみたいと思っている。この森内さんは、かつて私が審査員を務めた、広島県呉市で開催された「Art Exhibishon 瀬戸内大賞」でも二〇二〇年にグランプリを受賞している。なぜ巨大な猫なのか。そのことも聞いてみたい。
山下裕二賞とした、大谷勇太さんの「穢れなき命を視る」という作品。赤ん坊と犬(柴犬?)が真っ正面から向かい合う。その背後に、ぼーっと浮かび上がるような男性。背景も暈かされていて、説明的な要素は一切ない。密やかな絵だから、大賞候補にはならないかもしれないけれど、初見の時から私の個人賞にしたいと思っていた絵だ。なによりも絵肌が美しい。パステルだろうか?授賞式の折に聞いてみたいと思っている。
今回、前回より応募者数が増えたことは喜ばしい。コロナも収束したからだろう。全体的なレベルは上がっていると思う。佐々木さん、遠藤さん、諏訪さんと楽しい審査ができてよかったと思う。
【 第20回世界絵画大賞展 2024 】審査員講評
- 審査委員長
遠藤 彰子( Akiko Endo )
1947年 東京都生まれ
1969年 武蔵野美術短期大学卒業
1978年 昭和会展林武賞受賞
1986年 安井賞展安井賞受賞、文化庁芸術家在外特別派遣 (~87年/インド)
1992年 個展「遠藤彰子展-群れて…棲息する街-」(西武アート・フォーラム)
2004年 個展「遠藤彰子展-力強き生命の詩」(府中市美術館)
2007年 平成十八年度芸術選奨文部科学大臣賞
2014年 個展「魂の深淵をひらく-遠藤彰子展」(上野の森美術館) / 紫綬褒章受章
2015年 個展「Ouvrir la profondeur de l’âme」(パリ国立高等美術学校/フランス)
2021年 個展「遠藤彰子展-魂の旅」(鹿児島市立美術館) / 個展「物語る 遠藤彰子展」(平塚市美術館)
2023年 毎日芸術賞受賞
2024年 個展「遠藤彰子展-生々流転」(札幌芸術の森美術館) / 個展「遠藤彰子展」(新潟市美術館) 6月22日~8月25日
現在 武蔵野美術大学名誉教授、二紀会理事、女流画家協会委員。
世界絵画大賞展は今年で20回目となりました。何度も投票を重ね、厳選なる審査の結果、1050点中155点を入選といたしました。
大賞の森内謙さんの「無題」は、巨大な猫が檻の外から人々に観られているようでありながら、逆に人々の方が監視されているような、捉え方としてのユーモアと恐ろしさを感じました。具体的でありながら抽象性も感じられるザクザクとした描き方や、モノクロームの画面も、その世界観の一翼を担っていると思います。
遠藤彰子賞の深澤亘さんの「ある部屋」は、なんの変哲もない日常の風景を、作品として新たな視点で捉え直している点に好感を持ちました。ものの形や色がリズミカルに配置されているため、絵の具のムラや脱力した線が、とても心地よく感じられました。
学生賞の石原花音さんの「分身」は、小さくディフォルメされた人々の一つ一つの営みがとてもユニークです。また、大小関係で画面に流れを付けたことで、細部と全体が上手くマッチしているように思いました。15歳ということで、今後の成長を期待しております。
審査を終えて、なんでコレが!?というものが賞を取っているな…と、思われる方もいるのではないかと感じました。それは、けしておかしなことではなく、完成度や技術の高さだけではなく、新鮮な息吹が感じられる作品を選ぶ傾向が、当コンペにはあるからだと思います。やはり、その人が持つ資質が世界観として画面に表れているものや、まだ形になっていなくとも、新たな表現を模索しているであろう作品には、人を惹きつける力があると思うのです。そのような作品が選ばれることが、これまで世界絵画大賞展が、美術界で活躍する新人作家を、数多く輩出してきたという結果につながっているのかもしれません。
作品は、継続して制作をし、発表していくからこそ、自分らしさが浮かび上がってくるものです。落選した作品のなかにも佳作が多数ありましたので、今回の結果にめげず、次回以降もまた挑戦していただけたらと思います。
- 審査員
佐々木 豊( Yutaka Sasaki )
1935年 名古屋市生まれ
1949年 三尾公三に出会い油絵を始める。
1959年 国展国画賞 (同'60)、同35周年記念賞 (‘61)
1959年 東京芸術大学油画科卒業
1961年 同専攻科修了
1960年 ~ 個展多数
1967年 世界一周旅行
1972年 U.S.Aフェーマス・アーチスト・スクール研修
1978年 ~ 第1回現代の裸婦展準大賞・安井賞展・明日への具象展・具象絵画ビエンナーレ日本秀作美術展・国際形象展・日本洋画再考展・現代の視覚'91展出品
1992年 安田火災東郷青児美術館大賞
1993年 「泥棒美術学校」(芸術新聞社) 刊行
1998年 両洋の眼展倫明賞 (同’01)
2001年 個展 (香港/マーチーニ画廊)
2005年 個展「薔薇女」(東京・名古屋・大阪・京都・横浜髙島屋)「佐々木豊画集ー悦楽と不安と」刊行 (求龍堂)、大原美術館作品買上
2008年 台北、上海アートフェア
2017年 画集「薔薇と海」刊行 (求龍堂)
[作品所蔵] 愛知県美術館、横浜美術館、平塚市美術館、横須賀美術館ほか。
数ある著作のうち「泥棒美術学校」は10刷のロングセラー。
元明星大学教授。現在、国画会会員、日本美術家連盟理事。
大賞の森内謙氏の「無題」と優秀賞の「無辜の民」には共通点が多い。①どちらも縦長で、1/3の空と2/3の陸地の面積比が同じだ。②画面中央に縦長の動物を配し、見せどころを作った構成。③両者とも、こまかいがれきが散らばっている。異なる点は、一方は無彩色、もう一方は暖色という色彩の使い方だけと言ってもいい位だ。どうしてこのような似た絵が上位の賞に選ばれたのか、一考するのも悪くない。ま、ちらと見ただけではそんなに似ているとは思えないだろうが。私としてはオレンジ色を効果的に配した大石恵子氏の絵の方が好きである。
もう一方の優秀賞、女学生が飛んでいる西尾均氏の絵は、意表を突く発想を買う。難しいポーズの人物を、ここまで描ける素描力は大したものだ。
版画で東京都知事賞を得たカノウ ジュン氏は淡い黄色の色彩の画面に抒情性を漂わせている。
学生賞の石原花音氏の「分身」は、一見すると赤い球が散らばる抽象画のように見える。が、よく見ると漫画風の顔が描かれているのが分かる。画面に散らばる赤い小さな形は、髪の毛であったり、衣服だったりするユニークな絵である。
佐々木豊賞の松岩邦男氏の「精霊の森の奏者」は、まず画面の手の込んだ緻密さに魅せられる。北欧ボッシュの絵のように、女から子供までの様々な人物、動物や魚などの生き物、樹や水、等々…。何でも描けるところにこの作者の才能をみる。画面全体から醸し出される幻想的な味わいは貴重である。
審査員
諏訪 敦( Atsushi Suwa )
1967年 北海道生まれ
1992年 武蔵野美術大学大学院修士課程修了
1994年 文化庁芸術家派遣在外研修員(2年派遣 スペイン・マドリード在住)
1995年 第5回バルセロ財団主催 国際絵画コンクール 大賞受賞 (スペイン)
2003年 第22回 損保ジャパン美術財団選抜奨励賞展 秀作賞受賞 (SOMPO美術館)
2005年 1st 作品集 「諏訪敦 絵画作品集1995-2005」を刊行 (求龍堂)
2007年 個展「ふたたびあいまみえ 舞踏家・大野一雄」(Gallery Milieu)
2008年 個展「複眼リアリスト」(佐藤美術館)
2011年 NHK『日曜美術館 記憶に辿りつく絵画~亡き人を描く画家~』にて単独特集。
個展「一蓮托生」(成山画廊) / 「どうせなにもみえない」(諏訪市美術館)
2nd 作品集 「諏訪敦 絵画作品集 どうせなにもみえない」を刊行 (求龍堂)
2014年 「Currents Japanese contemporary art」(James Christie Room)
3rd 作品集 「Sleepers 安睡者」を刊行 (Kwai Fung Hin Publishing House)
2016年 ETV特集「忘れられた人々の肖像~画家・諏訪敦 満州難民を描く」
2017年 個展「諏訪敦 2011年以降/未完」(三菱地所アルティアム)
4th 作品集 「諏訪敦 絵画作品集 Blue」を刊行 (青幻舎)
2019年 個展「實非實.虚非虚」 “Solaris” (Kwai Fung Hin Art Gallery)
2022年 個展「諏訪敦 眼窩裏の火事」(府中市美術館)
5th 作品集 諏訪敦作品集「眼窩裏の火事」を刊行 (美術出版社)
現在 武蔵野美術大学教授 / 画家
今年からはじめて審査に加わったのだが、下は6歳から後期高齢者まで幅広い制作が見られたことは楽しかった。審査員の構成を反映してか、油彩の具象画が応募作の大半を占めていたものの、日本画から版画、果てはレリーフ状の作品までと、取り扱う領域は幅広い。それらを比較しつつ審査するのは困難で、各分野における到達レベルを見定めて相対的に評価することを心がけた。
個人的に目にとまった作品を、落選作も含めて列挙してみよう。「そしてまた、抗う」春日佳歩、「あのこ」香取美里桜、「catnap」川名礼、「時が降る」鈴木琢未、「窓辺の住人」関俊輔、「流れゆく」富田百香、「らららら」ヒグチララ、「憬(あこがれ)」三浦良多、「無題」森内謙、「仮面小僧」山内透、「心をひとつ」吉田茉莉子、「ガチャガチャ」LOU KAIYUなど。これらは一定の水準を満たしていると思われた。中でも香取美里桜作品の素朴で爽快なストロークには、描く行為の喜びの本質をみる思いがして素敵だった。
これらにはいずれも上位の賞に値する内容があると思えたが、他の審査員の支持も得て最終審査にまで残らなければ大賞、優秀賞、個人賞などの主要な賞の対象にはならない。段階的に投票を重ねる手順を経るので、審査員一人の思惑だけでは、主要な賞を決めることのできない仕組みなのだ。
結局、先に挙げた者のうちファイナリストとして残ったのは2名だけであった。これらのうち春日佳歩「そしてまた、抗う」は、美人画のようなお仕着せの審美性におもねらずに、獰猛なまでの生命力やしどけない不穏までも、女性たちが自ら表象化し始めたことを印象付ける佳作である。抜きん出た画面の強さを認めて諏訪敦賞とした。そして大賞受賞作の森内謙「無題」は、巨大な猫がスマホを構えた群衆により注視されているSF的な風景だ。見上げるようなこの猫のサイズからは、モニュメンタルな建築物の遺構を連想させられる。猫画像が今日、SNSでもっとも閲覧され消費され続けているイメージのひとつであることからもわかるように、目前にどのような歴史が横たわっていようとも、大衆は厳粛な事象よりもむしろ陳腐で可愛いものに反応する。本作は今日の世情に対する批評に思えてならなかった。
- 審査員
山下 裕二( Yuji Yamashita )
1958年、広島県生まれ
東京大学大学院卒業。
美術史家。
明治学院大学文学部芸術学科教授。
室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代美術まで、日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。
著書に『室町絵画の残像』『岡本太郎宣言』『日本美術の二〇世紀』『狩野一信・五百羅漢図』『一夜漬け日本美術史』『伊藤若冲鳥獣花木図屏風』『水墨画発見』『日本美術の底力』『商業美術家の逆襲』など。
企画監修した展覧会に『ZENGA展』『雪村展』『五百羅漢展』『白隠展』『超絶技巧!明治工芸の枠』『20世紀琳派 田中一光』『小村雪岱スタイル』『コレクタ-福富太郎の眼』などがある。
私がこの公募展の審査員を務めはじめてから、早いものでもう9回目となった。今回から、絹谷幸二さんが退任され、新たに諏訪敦さんが審査員に就任された。諏訪さんとは20年来の付き合い。審査の途上、彼ともさまざまに話しながら進めていった。
大賞となった森内謙さんの「無題」という作品は、諏訪さんがまずは強く推した作品である。モノクロームで描かれた、屹立する巨大な猫。それにスマホを向けて撮影しようとする若い女性たち。猫の横には廃墟のような建物が。諏訪さんは、原爆ドームのイメージをこの猫に担わせているのではないかと言っていた。
そうかもしれないし、そうではないかもしれない。いまの私にはわからない。だが、授賞式で、ぜひご本人に聞いてみたいと思っている。この森内さんは、かつて私が審査員を務めた、広島県呉市で開催された「Art Exhibishon 瀬戸内大賞」でも二〇二〇年にグランプリを受賞している。なぜ巨大な猫なのか。そのことも聞いてみたい。
山下裕二賞とした、大谷勇太さんの「穢れなき命を視る」という作品。赤ん坊と犬(柴犬?)が真っ正面から向かい合う。その背後に、ぼーっと浮かび上がるような男性。背景も暈かされていて、説明的な要素は一切ない。密やかな絵だから、大賞候補にはならないかもしれないけれど、初見の時から私の個人賞にしたいと思っていた絵だ。なによりも絵肌が美しい。パステルだろうか?授賞式の折に聞いてみたいと思っている。
今回、前回より応募者数が増えたことは喜ばしい。コロナも収束したからだろう。全体的なレベルは上がっていると思う。佐々木さん、遠藤さん、諏訪さんと楽しい審査ができてよかったと思う。