第21回世界絵画大賞展 2025 審査員講評


【 第21回世界絵画大賞展 2025 】
審査員講評

  • 審査委員長
    遠藤 彰子( Akiko Endo )

    1947年 東京都生まれ
    1969年 武蔵野美術短期大学卒業
    1978年 昭和会展林武賞受賞
    1986年 安井賞展安井賞受賞、文化庁芸術家在外特別派遣 (~87年/インド)
    1992年 個展「遠藤彰子展-群れて…棲息する街-」(西武アート・フォーラム)
    2004年 個展「遠藤彰子展-力強き生命の詩」(府中市美術館)
    2007年 平成十八年度芸術選奨文部科学大臣賞
    2014年 個展「魂の深淵をひらく-遠藤彰子展」(上野の森美術館) / 紫綬褒章受章
    2015年 個展「Ouvrir la profondeur de l’âme」(パリ国立高等美術学校/フランス)
    2021年 個展「遠藤彰子展-魂の旅」(鹿児島市立美術館) / 個展「物語る 遠藤彰子展」(平塚市美術館)
    2023年 毎日芸術賞受賞
    2024年 個展「遠藤彰子展-生々流転」(札幌芸術の森美術館) / 個展「遠藤彰子展」(新潟市美術館)
        現在 武蔵野美術大学名誉教授、二紀会理事、女流画家協会委員。


「 審査を終えて 」

 第21回を迎えた世界絵画大賞展には、実に1073点もの多彩な作品が寄せられました。写実から抽象、さらに現代的なアプローチに至るまで表現の幅は非常に広く、また出品者の年齢層も若手からベテランまでと多岐にわたりました。そのことからも、本展の持つ裾野の広さと、創作活動の場としての可能性、そして作家たちの熱量と意欲を改めて実感することができました。今回も慎重かつ厳正なる審査を経て、158名の入選者および各賞の受賞者を決定いたしました。
大賞は、中野幸江さんの「Harvest」が授賞されました。この作品には名画の構図やモチーフが巧みに散りばめられており、一見すると引用的な手法であるように思えますが、単なる再現にとどまらず、作家独自のタッチや構成によって、強い主観性と再解釈の意図が感じられる点がとても印象的でした。今回の審査では、技術的に突出した作品は少なかったものの、「次世代のアーティストを発掘する」という本展の趣旨に立ち返ったとき、作品の上手さだけで評価を決めることの限界を改めて考えさせられました。何が「表現」たり得るのか、その問いへの一つの答えが、この作品に宿っていたように思います。
優秀賞の三浦良多さんの「景(かげ)」は、写実という技法の力を再認識させるものであり、暗い画面に漂う沈黙と光に浮かぶ人物の対比が、鑑賞者の深層心理にまで静かに働きかけてくるようでした。
同じく優秀賞の貝原知佳さんの「パズル」は、郊外に並ぶ無個性的な住宅群をモチーフに、画面上にパズルのような構造を形成しており、現代社会におけるアイデンティティの空洞化を批評的に示唆しているように感じました。
遠藤彰子賞には、蓮沼祐記さんの「囁きの深度」を選出いたしました。人影のない廃墟の描写は、時間の経過によって風化された記憶を想起させ、同時に内面に潜む葛藤や孤独を暗示するようでもありました。
過去の受賞者の中には、現在も精力的に創作活動を続け、各方面で活躍されている方が多くいます。本展が新たな才能を世に送り出す登竜門として、確かな役割を果たしてきたことを実感します。また、今回惜しくも入選を逃した作品の中にも、多くの佳作が見受けられました。今後もぜひ挑戦を続けていただければと思います。


  • 審査員
    佐々木 豊( Yutaka Sasaki )

    1935年 名古屋市生まれ
    1949年 三尾公三に出会い油絵を始める。
    1959年 国展国画賞 (同'60)、同35周年記念賞 (‘61)
    1959年 東京芸術大学油画科卒業
    1961年 同専攻科修了
    1978年 ~ 第1回現代の裸婦展準大賞・安井賞展・明日への具象展・具象絵画ビエンナーレ日本秀作美術展・国際形象展・日本洋画再考展・現代の視覚'91展出品
    1992年 第15回安田火災東郷青児美術館大賞
    1993年 「泥棒美術学校」(芸術新聞社) 刊行
    1998年 両洋の眼展倫明賞 (同’01)
    2001年 個展 (香港/マーチーニ画廊)
    2005年 個展「薔薇女」(東京・名古屋・大阪・京都・横浜髙島屋)「佐々木豊画集ー悦楽と不安と」刊行 (求龍堂)、大原美術館作品買上
    2008年 台北、上海アートフェア
    2017年 画集「薔薇と海」刊行 (求龍堂)
    [作品所蔵] 愛知県美術館、横浜美術館、平塚市美術館、横須賀美術館ほか。
    数ある著作のうち「泥棒美術学校」は10刷のロングセラー。
    元明星大学教授。現在 国画会会員、日本美術家連盟理事。


「 ウソを本当に見せる見上げた芸の中野幸江氏の大賞作品 」

 大賞の中野幸江氏のタイが草原に横たわる絵は、意表をつく設定を買う。まず場所の転倒。魚が水に浮かんでいるのではなく草原に寝そべる。次にみかんが人間を飲み込もうとしている。モノの大小の転倒。このようなウソがまかり通るのは絵画のみに与えられた特権だ。
 優秀賞の貝原知佳氏の「パズル」は都会ならどこにでも見られる密集する住宅の壁や窓を落ち着いた中間色で描いた、気の安まる絵だ。
もう一枚の優秀賞の三浦良多氏の人物画は、顔と手だけを描いた狙いどころが見事だ。難しい手や指を生々しく描く技量に感服。
東京都知事賞の朝野紀子氏の駅の周辺を見下ろした絵は近景の列車、中景の駅と貨物、遠景の水面と密度の濃い絵になっている。
学生賞の山田明知氏は「Parabellum」は横文字の題名といい、どこかで見た気がする中世の版画の様な細密画は、小生の理解を越えている。
佐々木豊賞の赤塚知子氏の「君をのせて」は、中景の建物の壁や窓が、前景の船のマストなどと交わって、幾何学的な美を生み出している。遠景は低彩度、近景は高彩度と色の使い方も見事だ。


  • 審査員
    諏訪 敦( Atsushi Suwa )

    1967年 北海道生まれ
    1992年 武蔵野美術大学大学院修士課程修了
    1994年 文化庁芸術家派遣在外研修員(2年派遣 スペイン・マドリード在住)
    1995年 第5回バルセロ財団主催 国際絵画コンクール 大賞受賞 (スペイン)
    2003年 第22回 損保ジャパン美術財団選抜奨励賞展 秀作賞受賞 (SOMPO美術館)
    2005年 1st 作品集 「諏訪敦 絵画作品集1995-2005」を刊行 (求龍堂)
    2007年 個展「ふたたびあいまみえ 舞踏家・大野一雄」(Gallery Milieu)
    2008年 個展「複眼リアリスト」(佐藤美術館)
    2011年 NHK『日曜美術館 記憶に辿りつく絵画~亡き人を描く画家~』にて単独特集。
         個展「一蓮托生」(成山画廊) / 「どうせなにもみえない」(諏訪市美術館)
         2nd 作品集 「諏訪敦 絵画作品集 どうせなにもみえない」を刊行 (求龍堂)
    2014年 「Currents Japanese contemporary art」(James Christie Room)
         3rd 作品集 「Sleepers 安睡者」を刊行 (Kwai Fung Hin Publishing House)
    2016年 ETV特集「忘れられた人々の肖像~画家・諏訪敦 満州難民を描く」
    2017年 個展「諏訪敦 2011年以降/未完」(三菱地所アルティアム)
         4th 作品集 「諏訪敦 絵画作品集 Blue」を刊行 (青幻舎)
    2019年 個展「實非實.虚非虚」 “Solaris” (Kwai Fung Hin Art Gallery)
    2022年 個展「諏訪敦 眼窩裏の火事」(府中市美術館)
         5th 作品集 諏訪敦作品集「眼窩裏の火事」を刊行 (美術出版社)
    2024年 森岡書店 ギャラリー小柳 共同企画展「ONE SINGLE BOOK」(ギャラリー小柳)
    2025年 個展「きみはうつくしい」(WHAT MUSEUM/~2026年3月1日まで開催中)
    現在 武蔵野美術大学教授 / 画家


「 老舗コンクールの21年目に 」

 世界絵画大賞展は、2005年から始まり、油彩、水彩、墨彩、混合技法、デジタルプリントなどの多種多様な表現を受け入れ、若年層から後期高齢者まで、幅広い年齢層に開かれたコンクールである。プロの登竜門と考える方から、生涯教育の成果発表の場として臨んでいる方まで、応募者のモチベーションも多様であり、この包括的なアプローチは、アートの発表機会が首都圏に偏っている現況において、全国の「描く人たち」には貴重な機会として、継続的に貢献してきたといっていい。
今回の審査で、個人的に印象に残った作品について列挙してみよう。羊水サヤさん「殻が消えないように。」、増田蒼一朗さん「Bの風景」、渡辺冴南さん「憩いの面影」、根東亜佐子さん「Dinner at Paradise」、山川智隆さん「東京まで4,500円(昔現在)」、貝原知佳さん「パズル」、soukayouさん「Connection」、などである。その中で、写実表現を志す、優秀賞「景(かげ)」の三浦良多さん、そして山下裕二賞「memory・future」の都志真優奈さんは、ともに高い完成度をみせた。エントリーを続けてきた三浦さんは、本作でひとつの到達点をみたのではないだろうか。コンクールを卒業する時期がきているのかもしれない。
そして諏訪敦賞とした洞田燈里さんはZ世代の後半に該当するデジタルネイティブであり、ちょうど世界絵画大賞展が開始された頃の生まれ。この世代はSNSやNFTなどのプラットフォームを活用し、自己表現や市場参入を行う傾向がある。しかし受賞作の「対峙」は、手描きであることの魅力に溢れ、即興的なストロークの下に空間と定まらないイメージが見え隠れし、ウェブの深層や未開の地といった、不可知領域への憧憬が垣間見えるかのようだ。応募作1000点を超える渾身作がひしめく本コンクールに、この世代による印象的な出品作が増えたことは、ひとつの希望であろう。


  • 審査員
    山下 裕二( Yuji Yamashita )

    1958年、広島県生まれ
    東京大学大学院修了。
    美術史家。
    明治学院大学文学部芸術学科教授。
    室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代美術まで、日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。
    著書に『室町絵画の残像』『岡本太郎宣言』『日本美術の二〇世紀』『狩野一信・五百羅漢図』『一夜漬け日本美術史』『伊藤若冲鳥獣花木図屏風』『水墨画発見』『日本美術の底力』『商業美術家の逆襲』『日本美術をひらく』など。
    企画監修した展覧会に『ZENGA展』『雪村展』『五百羅漢展』『白隠展』『超絶技巧!明治工芸の枠』『20世紀琳派 田中一光』『小村雪岱スタイル』『コレクタ-福富太郎の眼』などがある。


「 『絵心』なのか、『技巧』なのか 」

 早いもので、私がこの世界絵画大賞の審査員をつとめるのはもう10回目となった。その間、コロナ禍もあって応募作品が減ったりもしたが、今回は前回に比べてかなり増えたという。喜ばしいことだ。今回もこれまで同様、世界堂、谷中田美術のスタッフがしっかり準備して臨んでくださったおかげで、審査は順調に進んだ。
大賞を受賞した中野幸江さんの「Harvest」は、私がもっとも強く推した作品である。高度な技法が駆使されているわけではない。だが、どうしようもなく強く惹かれる「絵心」があった。大きく描かれる鯛。海老、ブロッコリー、キノコ、八朔?、トマト…。そして、鯛の上にはシシャモ?を担ぐ人たちが…これはきっと青木繁の「海の幸」を引用しているのだろう。そして、トマトの下にいる人たちは、ミレーの「落ち穂拾い」を踏まえているのだろう。それにしても、どうしてこんなに突拍子もないイメージの集積を、画面に定着させることができるのか。この、技巧に執着する人には絶対に描けない絵の魅力に私は引き込まれた。
そして、山下裕二賞とした都志真優奈さんの「memory・future」は、出品作の中でもっとも優れた技巧を示した作品だと思う。人物のモデリングが素晴らしいし、なにより、さまざまな色の液体が注がれたグラスのきらめく描写に瞠目した。そして、絵肌がものすごくきれいなのである。私は当初、大賞となった中野幸江さんの作品を個人賞にしようと思っていた。おそらく、その「技巧」はないけれど「絵心」に共感してくれる審査員はさほどいないだろうと思っていたから。だが、そうではなかった。そこで、まったく正反対の「技巧」にもっとも優れた都志さんの作品を個人賞としたのである。
私は、「絵心」も「技巧」も重視している。というか、むしろこういう公募展において多くの審査員が軽視している「技巧」をベースに評価したいと思っている。だが、それを凌ぐような「絵心」にハッとさせられると、どうしようもなく惹かれるのである。この審査は、今回も楽しかった。