第18回世界絵画大賞展 2022 審査員講評


【 第18回世界絵画大賞展 2022 】
審査員講評

  • 審査委員長
    遠藤 彰子( Akiko Endo )

    1947年 東京都生まれ
    1969年 武蔵野美術短期大学卒業
    1978年 昭和会展林武賞受賞
    1986年 安井賞展安井賞受賞、文化庁芸術家在外特別派遣 (~87年/インド)
    1992年 個展「遠藤彰子展-群れて…棲息する街-」(西武アート・フォーラム)
    2004年 個展「遠藤彰子展-力強き生命の詩」(府中市美術館)
    2007年 平成十八年度芸術選奨文部科学大臣賞
    2014年 個展「魂の深淵をひらく-遠藤彰子展」(上野の森美術館) / 紫綬褒章受章
    2015年 個展「Ouvrir la profondeur de l’âme」(パリ国立高等美術学校/フランス)
    2021年 個展「遠藤彰子展-魂の旅」(鹿児島市立美術館) / 個展「物語る 遠藤彰子展」(平塚市美術館)
    現在、武蔵野美術大学名誉教授、二紀会委員、女流画家協会委員。


「 審査を終えて 」

 世界絵画大賞展は今年で18回目を迎えた。最近は、長引くコロナの影響もあり美術界も停滞気味なのだが、当コンペに参加する作家の熱量が依然として高く感じられたことは、とても良い兆しだと思えた。今回も全国から質の高い作品が集まり、応募作品数884点の中から、厳選なる審査の結果、201点を選出した。
 大賞の城戸悠巳子氏の作品は、美しい花嫁の生存本能的な怖さが感じられる一枚。誰しもがバイアスのかかった状態でしかこの世界を見ることが出来ないのだが、それを逆手に取り、絵画表現として上手く昇華させているように思う。退屈な日常も、作家のフィルターを通して世界を見ることによって面白く感じられる。そんな魅力が感じられた。
 優秀賞の光武美沙希氏の作品は、絵肌の美しさに注目が集まった。「目は口ほどに物を言う」というが、目に写る感情を鑑賞者に委ねることで、登場人物が感じている季節の空気が、より際立って感じられるかのようであった。とても良い表現だと思う。
 同じく優秀賞の松岩邦男氏の作品は、丁寧に描き込んでいる分、細部の一つ一つのイメージがとても面白い。ただ、第一印象を決める構図が大人しく感じられるのが少々もったいないと思う。シンメトリーになりがちな構図から上手く脱却できれば、さらなる高みを目指せるであろう。
 遠藤彰子賞の神田正信氏の作品は、サブカル的な不気味な空気感と愛らしさが同居しており、舞台の一シーンのようでもある。内面を表したかのようなぐにゃぐにゃと歪んだ世界に奇妙な魅力を感じた。このまま突き進んでほしい。
 相変わらず入選倍率が高めなので、審査員一同、当落には相当悩まされた。落ちるレベルではないものも多々あったので、望んだ結果でなくともあまり気にしないでほしい。そして、次回も挑戦していただければと思う。


  • 審査員
    絹谷 幸ニ( Koji Kinutani )

    1943年 奈良県生まれ
    1962年 奈良県立奈良高等学校卒業
    1966年 東京芸術大学美術学部油画科卒業 (小磯良平教室)
    1967年 独立賞受賞
    1968年 同大学院壁画科(島村三七教室、アフレスコ古典画研究)卒業。独立美術協会会員となる
    1971年 イタリア留学(ヴェネツィア・アカデミア入学、ブルーノ・サエッティー教授、アフレスコ古典画法等研究)
    1974年 第17回安井賞受賞
    1978年 マニフェスト賞受賞(イタリア・マニフェスト展)
    1983年 第2回美術文化振興協会賞受賞
    1987年 第19回日本芸術大賞受賞
    1989年 第30回毎日芸術賞受賞
    1993年 東京芸術大学美術学部教授
    1997年 冬季オリンピック長野大会公式ポスター・競技別ポスター原画制作
    2001年 独立美術協会第68回展出品作≪蒼穹夢譚≫ にて日本芸術院賞受賞。芸術院会員となる
    2008年 若手芸術家を顕彰する「絹谷幸二賞」を創設
    2010年 東京藝術大学教授退官
    2014年 文化功労者に顕彰
    2015年 NHK放送文化賞受賞、大阪芸術大学教授退官
    2021年 文化勲章受章
    現在、日本芸術院会員、独立美術協会会員、東京藝術大学名誉教授


「 今年の審査について想うこと。」

 第18回世界絵画大賞展は一目見るなり、出品作のレベルが上がっているという印象を強く受けました。コロナ禍の中、制作に集中されたせいなのでしょうか、秀作が多数あり、したがって審査は当然例年になく大変厳しい結果になりました。
 大賞の城戸悠巳子さんの「ミ (音) ト音記号第4線」は、他に類のない優秀作で全員の賛同を得て早々に大賞に決まりました。不安定な現在の世相の中でのお祝い事を見事に描き切った力作といえます。
 優秀賞の松岩邦男さんは、72歳というご高齢にもかかわらず若々しくニヒルな感性とユーモアがないまぜになった不思議な画面を作り出しています。同じく光武美沙希さんは、マスクをはずした少女の背景に木立ちの影が新鮮な風を送り込み、時代の希望が写し出されています。
 都知事賞の細居隆志さんは、洗濯場の景色をやわらかなトーンで描き、洗いざらしの多数の衣類が瑞々しく美しく感じられます。
 さて、絹谷幸二賞の大河原基さんの「ミスター・カーマニア」はご本人の自画像でしょうか。大人になってタバコをくわえる年齢になっても子供心から離れられない大人。あるいは、お子さんへのプレゼントの自動車を出し惜しみしているカーマニアのご本人なのでしょうか。大河原さんにお聞きしたくなる作品ですね。
 シニア賞の大澤征治さんは、懐かしいご自身が通いなれた細い路地にある居酒屋を愛情をもって描き、学生賞の古室寿樹さんは16歳の若さで絵を描く楽しさを画面いっぱいに表現されています。
 最後になりましたが、惜しくも選にもれた作品の中にも、キラッと輝く作品が多数あったことを記し、次作に期待したいと思います。


  • 審査員
    佐々木 豊( Yutaka Sasaki )

    1935年 名古屋市生まれ
    1949年 三尾公三に出会い油絵を始める。
    1959年 国展国画賞 (同'60)、同35周年記念賞 (‘61)
    1959年 東京芸術大学油画科卒業
    1961年 同専攻科修了
    1960年 ~ 個展多数
    1967年 世界一周旅行
    1972年 U.S.Aフェーマス・アーチスト・スクール研修
    1978年 ~ 第1回現代の裸婦展準大賞・安井賞展・明日への具象展・具象絵画ビエンナーレ日本秀作美術展・国際形象展・日本洋画再考展・現代の視覚'91展出品
    1992年 安田火災東郷青児美術館大賞
    1993年 「泥棒美術学校」(芸術新聞社) 刊行
    1998年 両洋の眼展倫明賞 (同’01)
    2001年 個展 (香港/マーチーニ画廊)
    2005年 個展「薔薇女」(東京・名古屋・大阪・京都・横浜髙島屋)「佐々木豊画集ー悦楽と不安と」刊行 (求龍堂)、大原美術館作品買上
    2008年 台北、上海アートフェア
    2017年 画集「薔薇と海」刊行 (求龍堂)
    [作品所蔵] 愛知県美術館、横浜美術館、平塚市美術館、横須賀美術館ほか。
    数ある著作のうち「泥棒美術学校」は10刷のロングセラー。
    元明星大学教授。現在、国画会会員、日本美術家連盟理事。


城戸悠巳子氏の「単純な構成」に脱帽

 城戸悠巳子氏の大賞作品には参った。
この幻想味と見た目の強さはどこから来るのだろう。まず、ぼかし。男女の顔も、白い衣装も巧妙にぼかされている。幻想はこのぼかしによる。次に単純な明度。白・黒・グレー(芝生)の三段階である。その単純な明度を大きな形に要約して配置している。いわゆるビッグパターンである。この見た目の強さ(Visual Impact)を生む構成は私の全ての絵にあてはまるので、親密感を憶えた。この手法を私は講談社フェーマススクールズのテキストとアメリカでの研修で学んだ。果たして城戸氏はどうであろうか。
 優秀賞の松岩邦男氏の幻想童画はおとぎ話の世界である。宴に描かれた描法と絵肌に独特な味わいがある。
 同じく優秀賞の光武美沙希氏は、樹の影が顔に投影されているところが面白い。マスクをはずしたことで、春が巡ってきたことを暗示している。
 東京都知事賞の細居隆志氏は、着眼点の勝利だ。つるされたズボンといい、よくこんな面白い光景を見つけたものだ。
 シニア賞の大澤征治氏の絵は酒飲みにはたまらないだろう。「源内」という看板、和服女のうなじ、ごみバケツ、全てが懐かしい。
 学生賞の古室寿樹氏は北斎風の波などを取り込んだ欲ばった絵だ。東京タワーや高層ビルまで描かれている。形や明度の単純化や要素の整理も必要だろう。
 佐々木豊賞のMonzo渡邉氏は原色をジャズ演奏のように画面に撒き散らせて、新宿という混沌とした街を表現している。


  • 審査員
    山下 裕二( Yuji Yamashita )

    1958年、広島県生まれ
    東京大学大学院卒業。
    美術史家。
    明治学院大学文学部芸術学科教授。
    室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代美術まで、日本美術史全般にわたる幅広い研究を手がける。
    著書に『室町絵画の残像』『岡本太郎宣言』『日本美術の二〇世紀』『狩野一信・五百羅漢図』『一夜漬け日本美術史』『伊藤若冲鳥獣花木図屏風』『水墨画発見』『日本美術の底力』『商業美術家の逆襲』など。
    企画監修した展覧会に『ZENGA展』『雪村展』『五百羅漢展』『白隠展』『超絶技巧!明治工芸の枠』『20世紀琳派 田中一光』『小村雪岱スタイル』『コレクタ-福富太郎の眼』などがある。


「絵そのものの力」を信じたい

 私がこの審査員をつとめさせていただくのは、今回で7回目。前々回、前回に次いで、コロナ禍での審査となった。他の先生方とはもう気心が知れているから、審査は順調に進んだ。
 応募作には、コロナ禍を反映してマスクをつけた人物像などが散見されたが、前回ほど多くはなかった。また、ウクライナでの戦争を題材とした作品もいくつかあった。プーチンの肖像を描いて反戦の意思をストレートに示していたり、ウクライナ国旗の青と黄色を意識的に用いていたり。社会情勢を反映する作品が増えるのは当然のことだろう。
 だが、上位の賞を受賞した作品は、そのような「社会派」ではなかった。もちろん「社会派」の作品のなかに、私が高く評価したものもいくつかあったが、結果としてそうではなく、「絵そのものの力」を強く感じた作品を選ぶこととなった。
 大賞を受賞した城戸悠巳子さんの「ミ (音) ト音記号第4線」は、不思議な作品である。結婚式の記念写真のイメージ。だが、新郎の顔は青く塗りつぶされていて、新婦の顔も不気味に変形させて、しかも赤い角のようなものが・・・。衣装や背景をソフトフォーカスにしている手法は見事なものだ。しかし、この謎めいたタイトルや、奇妙なイメージが何を意味するのか、授賞式の折にぜひ聞いてみたいと思う。
 私の個人賞を受賞した千代泰睦さんの「胎内回帰」は、一次審査の折に、私がもっとも強いインパクトを受けた作品である。初見の折には、女性による自画像かと思った。だが、二次審査で経歴を見て、作者が19歳の男性であることを知った。しかし、この「胎内回帰」というタイトルがどういうふうに絵に反映しているのかは、よくわからない。この作品からも「絵そのものの力」を強く感じたので、授賞式でぜひ話を聞いてみたいと思っている。